潜水士の経験を、身体の中だけに置いておかない
株式会社大歩・株式会社北海道ダイビングサービス 代表取締役 中村徹也さん
「未完の頂」の最初の取材先として訪ねたのが、株式会社大歩の代表取締役を務める中村徹也さんだった。
大歩は、函館を拠点に、港湾工事や海中調査などの潜水業務を手がけている。近年は水中ドローンやロボットも導入し、訓練施設では海の技術者を育てている。中村さん自身も現役の潜水士だ。
取材で気になったのは、新しい設備や珍しい技術そのものよりも、中村さんが何度も「知ること」と「伝えること」を行き来していたことだった。水圧や空気の変化を知らずに潜れば、命に関わる。身体で覚えた判断も、言葉にしなければ次の人には残らない。一方で、昔と同じ教え方を、そのまま若い人へ渡すことはできないとも話す。
海の中には、行き先を示す看板がない。潜水士は、何を見て進み、どこで戻ると決めるのか。そして、その判断を人とロボットへどう渡そうとしているのか。中村さんの、まだ続いている仕事を聞いた。
プロフィール
中村徹也(なかむら・てつや) 株式会社大歩および株式会社北海道ダイビングサービスの代表取締役。根室市生まれ。岩手県の高校で潜水と水中土木を学び、卒業後に函館の潜水会社へ入社。勤め先の廃業を機に事業を引き継いだ。現在も潜水士として現場に立ちながら、潜水教育、水中ドローンやロボットの活用、海の技術者を育てる環境づくりに取り組む。
潜ると、物理が自分の身体にのしかかってくる

ーー 中村さんにとって、「潜る」とはどういうことですか。
海に入るというのは、ただ水の中へ行くことではないんです。陸上とはまったく違う環境に、自分の身体を置くということです。
水は熱を吸収します。陸上なら半袖でいられる気温でも、水の中に入ると体温がどんどん奪われる。身体には水圧もかかります。耳や肺のように空気を含む部分には、特に圧力の影響が出ます。深く潜れば、吸っている空気が身体に与える影響も変わってきます。
窒素酔いもあります。深く潜ると、ふわっと気持ちよくなったり、判断が鈍ったりすることがある。人によって笑い出す人もいれば、不安になる人もいる。お酒に酔うのと似たようなところがあります。
だから、潜水に関わる人は知らないとだめなんです。活字を見たくないとか、勉強したくないとかでは済まない。水圧や空気の変化には、そうなる理由がある。根拠がある。原理を知らずに入れば、事故につながります。
ボイルの法則、シャルルの法則、パスカルの法則、ダルトンの法則。覚えたことが、潜ると自分の身体でわかるんです。
お風呂に入っているときも、身体には水の重さがかかっています。でも、普段はそれを意識しない。長靴を履いて水に入ると、足元がぎゅっと絞られるように感じる。それも水圧です。
公式を暗記するだけでは終わらない。物理が自分の身体にのしかかってくる。だから潜水は、学ぶことにすごく向いていると思っています。子どもたちにも、身体で感じられる話として伝えると届きやすいんです。
ーー 海そのものについて、いまも覚えている話があるそうですね。
子どもの頃に読んだ本に、「海はエアコンだ」と書いてあったんです。いまでも覚えています。
地球に海があるから、温度が極端に上がったり下がったりしない。熱いフライパンに水を入れると、水が熱を持っていきますよね。海も同じように、地球全体の温度を調整している。
そういうことを考えるのが好きなんです。専門家というわけではありません。でも、少しずつわかってくると、すごいなと思う。海が地球の温度を調整しているという話と、自分の体温が水中で奪われるという話が、海の仕事をしているとつながってくるんです。
経営者になるつもりはなかった
ーー 海の仕事は、いつから身近にあったのでしょうか。
僕は根室で生まれました。祖父がウニの加工場をやっていて、女工さんたちがウニの折り詰めをしていました。そのウニを海から採取してくるのが潜水士でした。
小さい頃は、潜水士が使用した潜水服を水洗いして、お駄賃をもらったりしていました。子どもながらに、潜水士ってすごいんだなと思っていましたね。
その後、岩手県の高校で潜水や水中土木を学びました。卒業後は函館の潜水会社に入りました。港湾工事もあれば、海難救助もある。漁業の仕事も、スクーバダイビングの指導に関わる仕事もある。海の仕事といっても、本当に幅が広いんです。
潜って終わりではなく、教えることもやりたいと思っていました。インストラクターの資格も取りましたし、母校で講師をすることもあります。会社をやりながら、これからどう進んでいくかという話も含めて、若い人に伝える機会をもらっています。
ーー そこから、なぜ会社を引き継ぐことになったのですか。
もともと経営者になりたかったわけではありません。
勤めていた会社の社長が亡くなり、会社が廃業することになりました。それで、急きょ事業を引き継ぐことになったんです。最初は自分のマンションを事務所にしました。
退職金を資本金にして、そこから社員の給料を払いました。潜水の仕事は、人だけいれば続けられるものではありません。圧縮空気を充填する設備が必要ですし、高圧ガスを扱うには法律もある。設備を置ける土地や建物、器材を置く場所、訓練する場所も必要です。
それでも、これまで通り仕事ができる環境をつくれば大丈夫だと思っていました。汗をかいて現場を回り、ひとつずつ信用を積んでいくしかない。
最初は仕事を取るというより、まず仕事を回してもらうところからでした。下請けで入っていた会社にも手伝いに行く。現場での仕事がきれいだと、また依頼される。管理や経理もきちんとする。そうしているうちに、「大歩に頼みたい」と言ってくれる人が少しずつ増えていきました。
命に関わるから、教える側も学び続ける

ーー 教える仕事は、どのように増えていったのでしょう。
最初から先生をやりたかったわけではありません。でも、漁師さんに潜水士の資格を取ってもらう講習をしたり、学校や大学で話したりしているうちに、教える仕事が増えていきました。
漁師さんにも潜水士の資格を取ってほしいんです。ただ、国家試験の文章問題が苦手な人もいる。問題を読むところでつまずくこともあります。だから過去問を作ったり、問題の意味を一緒に確認したりします。
わからないなら、聞いてほしいんです。恥ずかしがって質問しないまま、「なんとなくこういうことかな」で進むと間違える。試験には引っかけのような問題もありますから。
教えるなら、こちらも勉強しないといけません。聞かれたら答えなければいけない。潜水によって身体に起きる高気圧障害、血流や心理のこと。医学書も買いました。難しすぎて、最初は開いてもよくわからないものもありましたけどね。
潜水では、ストレスとパニックが大きいんです。初めての海、潮の流れがわからないこと、使い慣れていない機材、家庭内の不安。いろいろなストレスが重なり、そこに知識不足が加わると、パニックになりやすい。
パニックになると、自分が自分でなくなってしまう。だから、パニックになりかけたときにどうするかをプールで練習しておく。呼吸を整え、落ち着いて対処する。その練習を繰り返しておくことが、自分を助けるんです。
ーー 安全を伝えるうえで、何を大切にしていますか。
「また同じことを言っている」と思われるくらい、何度も、楽しく情報を伝えないといけない。省略すると危ないんです。
たった一回の事故で、信用を失います。人が亡くなったら、何を言っても取り返しがつかない。どうしても避けられないことはあります。でも、事前に危険を予想できる場面もあります。
だから教えるときは手を抜けない。偉そうにしたいわけではありません。命に関わる仕事だから、伝える責任があるんです。
昔は「目で盗め」という世界でした。潜水士も、先輩について何年も修行して覚えた。僕自身、そうやって教わったところがあります。
でも、いまは目で盗むだけでは続きません。命がかかっているので、注意する声が大きくなることはあります。ただ、暴力や理不尽で教える時代ではない。同じようには教えられません。厳しさが必要だとしても、何のための厳しさなのかを伝えないといけないと思っています。
ーー 実際の海の中では、何を手がかりに動くのですか。
海の中には看板がありません。陸上なら、知らない土地に行っても「市役所まで何百メートル」と案内がありますよね。海の中には、それがない。
だから、潜水士は自然の手がかりを見ます。コンパスで方角を見る。海底の砂紋を見る。砂紋の幅が狭ければ岸に近い、広ければ沖に向かっていると判断できることもあります。海藻の生えている向きや、潮の当たり方も見ます。
行きは潮の流れに逆らい、帰りは潮に乗って戻るように計画することもあります。帰る頃には空気も体力も減っている。元気なうちに潮に乗ってどんどん進み、帰れなくなるのが危ないんです。
潜っている間は、ずっと頭を使っています。考えないと危ない。海の中で仕事をするというのは、そういうことです。
ロボットは、潜水士の経験を広げる道具


ーー 水中ドローンやロボットは、潜水士の仕事をどう変えますか。
変わっていくと思います。でも、潜水士がいらなくなるわけではありません。
たとえば、ダイバーが海藻をモニタリングしたり、ウニの個体数を数えたりする仕事があります。人が潜って調査できる範囲には限界がありますが、水中ドローンなら長い時間、海の中を調査し続けられる。機械なので疲れません。水深ごとの水温データも取れます。
生息調査でロボットを使う利点は、ダイバーと違って空気や音が出ないので、生物が逃げないことです。
潜水士が潜らなければならない場合も、先にロボットで調査しておけば、事前に状況がわかるので、ストレスが少なくなります。
複数人がモニター越しに同じ映像を確認できるのも、ロボットの利点です。ダイバーは水中では思考能力が低下します。陸上で複数人が見ていれば、調査に必要な素材が不足することもありません。
ただ、機械を入れれば全部できるわけではありません。海を知っている人がいないと、水中映像を見ても判断できない。どこが危ないのか。何が異常なのか。どこを詳しく見るべきなのか。そこには潜水士の経験が必要です。
ロボットは潜水士の代わりというより、潜水士の経験を広げる道具です。
水中ドローンの映像をパソコンに映し、離れた場所にいる人に見てもらうこともできます。将来的には、身体に障がいのある人でも、自宅から操縦や調査の仕事に関われるかもしれない。
年齢的に潜るのが難しくなった人も、経験を生かして映像を見たり、若い人に助言したりできるかもしれません。体力がある人だけでなく、いろいろな人が海に関われるようになる。そこにロボットやドローンの意味があると思っています。
ーー 函館や道南で、海の技術者を育てる意味はどこにありますか。
新しい海の産業が増えていくなかで、地域の会社は人を育てないと参入できません。洋上風力のような仕事でも、点検や訓練が必要になります。現場に出る前に、技術者はきちんとトレーニングを受けないといけない。
これまでは港の中でトレーニングをしていました。でも北海道では、冬や春に海で練習するのは大変です。天候にも左右されます。だから、年間を通して訓練できる場所をつくることには意味があると思っています。
技術者を育てても、トレーニングを受ける場所がなければ現場に出られません。大歩の訓練施設で練習できるようになれば、函館や道南の会社も新しい海の仕事に参加しやすくなる。
函館にいるだけでは、情報はなかなか回ってきません。だから外にも出ます。いろいろな人に会い、話を聞き、何が現場で使えるのかを考える。断るのは簡単です。でも、誰かと一緒に考えなければ進まないことがあります。
若い人を育てるときも、すぐに戦力として当てにしすぎてはいけません。現場は人が足りないので、新しく入った人をすぐに現場へ出したくなる。でも、それを続けると学ぶ時間がなくなります。
専門知識をつけるために研修へ行かせたり、別の分野を見てもらったりすることもあります。時間はかかりますが、急いで育てても、さまざまな状況に対応できる人にはならないんです。
人とロボットの両方がいなければ、100年は続かない
ーー 会社を長く続けるために、いま必要なものは何でしょう。
海の現場に、人がいないんです。「体力の限り泳げ」というやり方では、もう続かない。
スマートフォンだって、最初はいらないと言っていた人も、数年たてば必要になりましたよね。ロボットも同じです。人がいないなら、海の現場でも使わざるを得なくなります。
会社をこの先100年続くものにするには、ロボットは欠かせません。もちろん、人を育てることも欠かせない。どちらか一方ではなく、両方が必要です。
ロボットも、ただ買って使うだけではありません。海で使うロボットを、自分たちでつくれないかという話もしています。海外から届くのを待つだけではなく、北海道で、函館で、できることがあるんじゃないかと思っています。
自社の訓練施設を、ロボットの管理や実験の場としてどう使うか。誰と組むか。東京の会社とやるのか、こちらでやるのか。そういう話も少しずつ進めています。まだ周りに大きく言っているわけではありませんが、可能性はあると思っています。
ーー 社員には、お金の使い方も伝えているそうですね。
潜水士は、一般的な会社員より賃金が高い仕事です。でも、高いからといって全部使ってしまったら、何も残りません。
将来、社員が独立したいと思ったときには、器材を買うお金が必要になります。修理にもお金がかかる。だから、給料の一部は貯めておいたほうがいい。車を買うとき、頭金をどれくらい入れれば月々の支払いがどう変わるのか。そういう話もします。
親代わりというほどではないかもしれませんが、信頼関係は大事です。仕事だけ教えればいいわけではないと思っています。
会社では、社員や関係者が集まって焼肉をすることもあります。忙しくて、みんなで集まる時間が減ったなと思うと、朝からカレーをつくって会社へ持っていくこともあります。
仕事は厳しいです。海の仕事は命に関わります。でも、楽しいこともないと続きません。人が集まって、話して、食べて、また現場に行く。そういう場所でありたいと思っています。
見えない場所で得た知識を、次の人へ

ーー 次の世代に、何を渡したいですか。
海の魅力を伝えたいですね。
海の仕事は、外から見えにくい。港の工事も、水産資源の調査も、養殖施設の確認も、災害や事故への備えも、陸で暮らしていると見えません。でも、なくていい仕事ではありません。
潜水士の経験は、言葉にしないと残りません。現場で何を見ているのか。何を危ないと判断しているのか。なぜそこで戻るのか。そうした判断を、その人の身体の中だけに置いておくと消えてしまう。
だから僕は、教える。記録する。設備をつくる。ロボットも使う。
潜るというのは、見えない場所へ行くことでもあります。でも、それだけではありません。潜水士が、見えない場所で何が起きているかを知り、その知識を持って帰ってくること。そして、次に潜る人が無事に戻れるように渡していくことだと思っています。
株式会社 大歩
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奥付
取材・文・写真:若旅多喜恵
企画・編集:株式会社CurioDive / 未完の頂編集部
公開日:2026-09-30
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